Wednesday, May 18, 2011

信仰とアル中

信仰がないと、アル中は回復しないようです。
信仰と言うのは、賭に出るということです.
それを信じて、行動をするということです。
自分の勘を信じて賭に出て、痛い目にあって落ち込むことがよくあります。

アル中の場合、自分よりも大きなものを信じてそれの言う通りに
それに賭けて、行動をとることが回復のステップ2になります。
大きな力とは、アル中から回復した人たちのグループや、回復した人、または神様。
アル中にしてみれば
アルコールが人生の大問題になっているから、
それを解決した人というのは、神同然。少なくとも
自分には決してない部分をすでにそして唯一持っている、自分より大きい存在です。

医者や知人や偉い人などを「自分より大きい力」として信じようとしても
アルコール依存症の回復に関してだけは、信仰として効果はないです。

いままで神という言葉に縁がなかった人は、
全然「信仰」の意味がわからないかもしれない。それはかえってラッキーです。
今まで懸命に神について学び、でも神様は全然助けてくれず、
アル中に苦しみ続けてきている
という人の方がここにきて、回復までに時間がかかることが多い。

ただ信じるだけではダメだったということです。
祈り方が違ったのかもしれない。
アルコール依存症の信仰においては
「私の人生は神様の計画のうちなんだから、今私がすべきことを教えてください。」
「私が、神様の思っているように、いま行動できますように。」
というように、
行動の指標がちゃんと見えますようにと祈る。

アルコール依存症は、行動に症状がでている病気だからです.

行動の無い信仰は死、です。
私は神を信じていて、スピリチュアルな体験もあります、、、という証言だけでは
何の役にも立たない、ということです。

神様の意志が自分の人生なのだと信じて、
AA(アル中からシラフになった人)の提案どおりに、
いくら自分が納得できないような提案でも、賭けて
行動しちまう。
というのが、本当に信じていると言うことです.

ちなみに、「神様、これこれをしてください.私の願いを叶えてください」
と言う祈りは、
「ヘイ、私の人生を私がコントロールするので、その助けをしろよー」
と自己中に”神様”に頼んでいる形になるので、
信仰ではありません。
”神の存在を信じています”、ということの
逆になります。

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